関係性の終わりについて
万物は流転するらしい。
思えば、去年の凍えるような寒さの中スーツに腕を通しもういちどはたらきはじめた。吹きすさぶ風に舞い散った桜と出会いも吹き抜けて、茹でタコになるのかってくらい暑かった熱帯夜も冷たいビールでやり過ごし、しとしとと降る小夜時雨を枕に夜長を過ごしていたら、気がつけばまたコートを羽織るほどに肌寒くなっていた。
そして除夜の鐘が鳴り響いた束の間に、新年も半月ばかりが過ぎている。
そう、確かに季節は巡っていた。
なんだかんだで働きはじめてちょうど1年、気持ちとしてはようやったなって思う。
振り返ってみて、心残りがあるかと言われれば、不思議なことにそれはない。
その時々にこれしかないって思える決断をときには怯えて、ためらいながらも
逃げたりはせずに向き合った。
けれども、人生ってそれで結果がともなうわけでもないんだね。
だから、いくつか切ない思いをすることもあった。
残ったいくつかの切なさのほかになにを得たかと言われたら、
個人的に大きな収穫は、内なる声のヒアリングがうまくなってきたことかな。
ということで、取りとめもない。2018年抽象ダイジェストでしたが、
今年もやっていきます。へい。